アレルギー

子どものアトピーとアレルギー

ホメオパスの松実里玲です。

子どものアトピーに悩まれている方がとても多いです。

私の体験談を書いていますので、これを読んでいるあなたも悩まれているようでしたら参考にしてみてくださいね。

高齢出産

ホメオパシーを知ったのは子どもを授かる前でした。とても幸運だったと思います

私は幼い頃から薬を飲むと具合が悪くなり、吐いていました😣大人になってからは風邪薬を飲むと月経が来なかったりしていたので、西洋医学のクスリは「何かが違う」と感じていました。
そしてこのクスリの怖さを本気で思い知ったのは出産後でした。

当時、東京で妊娠生活を送っていた私は、1時間かけての満員電車での通勤をしていて、吐きそうになりながら途中下車し、なんとか職場へ辿り着くという日々😞とても理想的な妊婦生活とは言えませんでした。おまけに高齢出産、出産するならば助産院で産みたいという憧れがありました。

家から通いやすい場所にある、後に妊婦への指導が厳しい、と有名であることを知った、某助産院で出産をすることに決めました。そのM助産院では食のこと(小麦、砂糖、冷たい物を避ける)、身体を温める事(毎日の三陰交へのお灸)、妊婦がしてはいけない事(子宮と目は繋がりがあるので本を読まない、スマホは17時までetc..)、1日3時間の散歩、22時には就寝。など、今まで私が試みた事ない内容ばかりの修行の場でした。挫けそうになりながら、時に挫けて夫に泣きついたり😭しながら苦しい妊婦生活を送っていました。その甲斐あってか物凄い安産で、苦しいと感じる事もなく、ぽろっと産まれてくれた娘👶助産院の厳しい院長に「出産はあなたの特技よ!」と褒められるほど楽に産めたのです。
子どもは産声をあげ元気そうでしたが低体重の低体温、念のため病院へ送りましょう、ということに。少しの不安はあったものの、初乳もあげ、カンガルーケアも出来、何より無事産まれてきてくれたのでさほど心配はしていなかったのです。

乳児湿疹ではなかった

しかし問題は翌日、巨大な都会の病院に入院中の娘に授乳をしに行った時の事でした。主治医が私の元へ来て娘の容態を教えてくれました。そこで信じられない言葉に耳を疑いました。「炎症が起きてたので抗生物質を投与しておきました。」???今なんて?抗生物質って、あの妊婦も摂らない、腸をめちゃめちゃにして、免疫を下げるあれですよね?
「産み直したい」出来れば腹の中に娘を戻して、もう一度やり直したいと医師の言葉を聞いた瞬間に思った事でした。
新生児に抗生物質を投与する意味とは?その炎症は命に関わるレベルなのか?まさか違うだろう、しかし起きてしまった事にはどうしようもない。
何も起こらなければいいけど・・・その時は祈るような気持ちでした🤲

生後1ヶ月を過ぎてから湿疹が頬に出始めました。出産した助産院の検診でも「乳児湿疹ですね」と言われましたが、なかなか治る気配もなく、身体中に拡がるばかり。頭皮、腕、背中、脚、と増える一方です。授乳しながら娘のカサカサな頭皮を剥いていた事を思い出します。治る気配がない生後7ヶ月の頃、食物アレルギーを疑って血液検査をしました。予防接種を打っていない娘にとっては初めての注射です💉
出た結果は卵🥚、乳🐮、小麦🍞が全てランク3(6段階で数字が多い程重度)この日から授乳をしている私もこの3品目の除去を開始し、ホメオパシーの投与を始めていきました。小麦を抜いて妊婦生活を送ってきたら、娘が小麦アレルギーになるとは、なんと皮肉なことでしょう・・・

知ってて良かった ホメオパシー

*写真は生後4ヶ月半頃。カサカサで全身に発疹が出ていた。

出ている症状に合うホメオパシーレメディーを片っ端からピックアップ。
Merc-sol (水銀)…出血、湿疹、Med(淋病マヤズム)…ヒリヒリ、痒み、灼熱感、Sulph(硫黄)…発疹、Nit-ac硝酸)…痒みPuls(西洋オキナグサ)…子どものレメディー 、Ferr-m(鉄)…出血の問題Silica(ケイ素)…根本体質レメディー 、Penic(抗生物質)Anti-bio(抗生物質) 記録として残っている与えたレメディーはこれら。そのほかにも腸内細菌、痒みのレメディー(Ars. Rhus.Lyc.)など色々と投与してきました。もちろんお尻拭きカレンデュラのマザーチンクチャー🌼を薄めてコットンに浸したもの。お手拭きにも使えて便利です。

何故我が子にこのような症状が出てきたのか。産まれて間もない赤ちゃんのタイムラインを追っていくのは、大人の過去を掘り下げていくよりもはるかに容易です。

何故アレルギーとアトピーが発症したのか?

娘が食物アレルギーとアトピーになった理由として考えらるもの
私のアトピー、アレルギー体質。。。私は大人アトピーで娘を出産する3年くらい前から主婦湿疹のようなものが手の甲にポツンと出来たものから始まり、それが体に拡がりアトピー体質になりました。
そして私も夫も花粉症のアレルギーがあります。
新生児の頃に投与された抗生物質。。。前述の通り抗生物質は腸の環境を悪くし、免疫を低下させます。腸の状態は肌に現れます。

この薬の害を取り除くため、腸内環境を整えるためにホメオパシーは有効でした。
そしてワクチン、薬などを(医師に投与された抗生物質以外は)与えずにいたことは治癒を早めることに重要だったと思います。
痒くて掻きむしり、黄色い汁を出す日々は1歳頃まで、最後まで中々治らなかったのは二の腕の外側で1歳3ヶ月くらいにようやく治りました。
その頃の私は夜間授乳で2~3時間おきに起こされる時期で体力的にキツく、更に娘を連れ出して「痒そうねぇ、可哀想ねぇ」と周囲から言われることが物凄く辛かった。本来は可愛いね、と言われる時期の赤ん坊を「可哀想」と言われる子に産んでしまった罪悪感で、この頃は気もそぞろ、起きているのか寝ているのか分からない感覚で1日を過ごしていたのを思い出します😞

子どもの治癒力

*写真は1歳になったばかりの頃、顔と頭皮は綺麗に。

思えば毎日娘のアレルギーと皮膚症状が早く良くなる、という事しか考えていなかった日々。
熱が出るたび、排毒のチャンス!と思い、熱が引いた後には今より良くなるだろう、と考えたり。小学生になりアレルギーが治っていなかったら給食を食べられないだろうな、などと心配した事もありました。そうは言っても、本気で治らないかも知れない・・・と深刻に思ったことは実はなく。だって皮膚症状は治るものだと信じていたから。ただただ痒みで辛いのを、掻きむしっているのを1日でも早く改善させたい、毎日その思いで必死でした。

食物アレルギーは2歳になる頃には改善、いちばん最後まで残ったのは乳アレルギー。とはいえ牛乳は飲ませておらず、本人も味が苦手なので食べるのはチーズくらいで、与えると口の周りにブツブツが出ていました。小麦に関しては、早いうちからうどんも食べられるようになりました。(8ヶ月の頃に欲しがったパンをあげた時🍞はブツブツが全身に出て私は泣きました😭与えた夫を恨みました)

当時のことを振り返り、実家の父母は孫のアトピーとアレルギーが治ると思っていなかったようで、後に私は「お前、よく治したな」と父に感心されたのです。父と母は治らない、と思っていたのだな、と知ったのでした。
実際に治したのは子どもの治ろうとする力、自己治癒力です💪それでも治癒までの道のりを導く手伝いは出来たと思っています。ホメオパシーを知っていて、自然療法というものを学んでいて良かったと本気で思える出来事だったのです。どんな治療法を選ぶのか、は非常に大事な事だと痛感しました。

あの頃の私に一言伝えたいのは、「一人でよくやった」👍です。娘の生後2ヶ月で東京から夫の地元高知へ引っ越し。本来は出産した助産院に色々なことを相談しながら、不安な気持ちを分かち合えて解決出来たかも知れなかった。だってそこの助産院では以前は出産にホメオパシーレメディーを使っていたのですから。(バッシング事件後から使用しなくなったようです)
「こんなに痒くて辛そうなんだから薬を塗ろう」と言う夫を跳ね除け、「病院に連れて行け!」と言う義父の言葉を無視し、私が思うようにやってきた結果はオーライ✨だったし、信念持ってやれたことは良いことだけでした。母ちゃん、やったでしょ!

ホメオパシーの恩恵

そしてとても大切な事、私が妊娠したのもホメオパシーのお陰です。
アトピーに悩んでいた頃、私は師であるK先生の健康相談会にかかっていました。何度かコンサルテーションを受けている間、症状が少し楽になった頃、余裕が出てきた私は「先生、私妊娠したいんです」と伝えました。それから間もなくして授かった子どもです。
最初は小さくて、ぶつぶつで儚げだった娘も、小柄ながら健康で元気過ぎるほどの成長を遂げています。K先生、ホメオパシーよ、ありがとう😁

日本ホメオパシーセンター高知
ヨガも行ってます✨

ABOUT ME
松実 里玲
北海道出身、高知県在住。ヨガインストラクター、ホメオパシー療法家として活動しています。2010年にホメオパシーを学ぶため渡英。2016年に出産。幼い頃から西洋医学の薬が合わない身体のため、ホメオパシーを知った時にはこれだ!とピンときました。ホメオパシーが日本でより拡がる事を祈ります。

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